「日本のお産を守る会」が約8500人の署名を長浜・副大臣に提出
出産一時金の直接支払制度、「状況把握が不十分だったのではないか」
2009年10月29日 橋本佳子(m3.com編集長)
約40人の産婦人科医で組織する「日本のお産を守る会」は10月28日、長浜博行・厚生労働副大臣に、「出産育児一時金等の医療機関等への直接支払制度」に関する8581人分の署名を提出した。署名したのは、産婦人科医を中心とした医師から妊婦まで幅広い。
同制度は、妊婦側の経済的負担軽減を目的に10月1日から実施される予定だった。妊婦が医療機関の窓口で出産費用を支払う代わりに、医療機関が通常の診療報酬と同様に、保険者に請求する制度。しかし、10月分は11月に申請、その支払いは12月になるため、医療機関にとっては1~2カ月間入金が遅れ、資金繰りに支障を来す医療機関が出てくる可能性があった。署名は9月16日の新政権発足直後から開始(『「出産育児一時金直接支払制度」で緊急要望』を参照)、同制度開始直前の9月26日に提出する予定だったが、9月29日に厚労省から一部の医療機関については今年度末まで猶予する通知が出されることになったため、この日の提出になった。
9月29日の通知は、「原則として、10月1日から実施するが、体制が整わない医療機関については、今年度に限り、準備が整うまでの間、直接支払制度を猶予する」というもの。(1)直接支払制度に応じていない旨を、医療機関の窓口に掲示する、(2)妊婦側に直接支払制度に応じていない旨を説明、合意を得る、などが猶予の条件だ。
署名を受け取った、長浜副大臣は、「商売の常識を考えた場合、直接支払制度に応じていない旨の掲示は、資金繰りが厳しい旨を公にすることになるが問題はないか、といった議論もあった」と説明、それでも「新政権発足時には制度の開始が直前に迫っており、ほとんど時間がなかった」ことから、猶予という対策を講じたとした。
「そもそも(前政権時代の)制度設計時に、関係団体の幹部のみへのヒアリングだけでなく、もう一歩踏み込んで現場の声を聞く必要があったのではないか。またパブリックコメントも求めていないため、状況把握が不十分だったのではないかと考えている」(長浜副大臣)。

署名を提出する「日本のお産を守る会」のメンバー。右端が長浜博行・厚生労働副大臣。
「生活者第一では、事業者側が痛むことも」
制度の開始については、今年5月に関係機関に通知されていたが、「現場の医師が制度の詳細を知るようになったのは、8月に入ってからのこと」(「日本のお産を守る会」代表の田中クリニック(京都市右京区)院長の田中啓一氏)。
同会の前田産科婦人科医院(静岡県焼津市)院長の前田津紀夫氏は、「規模が小さい医療機関ほど、分娩への依存度が高いため、直接支払制度の影響は大きい。当院でも80%から85%程度は分娩による収入であり、最初の2カ月間は従来の15%程度の収入でやり繰りしなければならないことになる」と述べ、制度の問題点を訴える。もっとも、「今回は猶予されても、6カ月後、どうするかという問題が残る。妊婦側の負担軽減という趣旨はいいが、その運用のあり方を考えてもらいたい」(前田氏)。
石井第一産科・婦人科クリニック(静岡県浜松市)院長の石井広重氏も、「妊婦側は、経済的負担だけでなく、手続きの負担も軽減する。一方、医療機関にとっては、事務手続きが煩雑になる。また低利で借り入れができたとしても、本来は負担する必要がない金利を支払わなければならないことになる」と指摘。
田中氏も、「医療分野に限らないことだが、あまりに消費者の声を聞くと、産業が廃れてしまう。消費者に聞けば、『いいものを安く』と答えるが、これでは供給側を痛みつけることになる」と述べ、医療機関への一定の配慮を求めた。
「直接支払制度は、現物給付化の布石」との見方も
もっとも、2010年3月末で猶予期間が終わり、直接支払制度に切り替える際に、収入が1~2カ月遅れ、借り入れが必要になるという事態は変わっていない(『いまだ残る「2カ月の空白」問題、出産育児一時金の直接支払制度』を参照)。「日本のお産を守る会」では、(1)出産育児一時金の速やかな入金(せめて産後1週間後)、(2)現行の事前申請による代理受取制度の存続、(3)直接支払制度に伴う事務手続きの簡素化――を求めている。
現時点で、制度が見直されるか否か、また見直されるのであれば、どんな制度になるかは未定だ。さらに、本制度は緊急の少子化対策として実施されたもので、2011年3月末までの暫定的措置であり、その後については厚労省は「妊産婦など被保険者等の経済的負担の軽減を図るための保険給付のあり方および費用負担のあり方を引き続き検討する」としている(厚労省のQ&A集の8ページ目を参照:PDF880KB)。
「正常分娩は自由診療だが、今回の直接支払制度を機に、現金給付から現物給付への移行が検討されるのでは」と見る向きもある。2008年11月27日に開催された厚労省の「出産育児一時金に関する意見交換会」の議論でも、現物給付化への言及がある(当日の議事録を参照)。
直接支払制度で、医療機関から保険者との関係で大きく変わったのは、入院日数、入院料、差額室料、分娩介助料、分娩料、新生児管理保育料、検査・薬剤料、処置・手当料などの明細を提出するようになった点だ。これらを把握できれば、診療報酬の設定も可能。ただし、その場合、出産費用は地域あるいは施設による差が大きいため、保険外併用療養費制度の活用が想定される。直接支払制度の猶予期間が終わる2010年4月、さらには暫定的措置が終わる2011年4月以降に向けた、今後の議論が注目される。